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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)12544号 判決 1996年2月02日

原告

鈴川正直こと尹在鉉

被告

協和テクノロジイズ株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金九四万八四四九円及びこれに対する平成五年一〇月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金八〇七万八三〇九円及びこれに対する平成五年一〇月二八日(事故日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車を運転中、後部から追突されて負傷した原告が、右追突車の保有者に対し、一二級一二号に該当する後遺障害が残つたとして、これに基づく逸失利益等の損害賠償を自動車損害賠償保障法三条に基づいて求めた事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

<1> 日時 平成五年一〇月二七日午後三時二〇分ころ

<2> 場所 大阪市都島区中野町四丁目五番九号先路上

<3> 加害車両 訴外櫻井昌司運転の普通乗用自動車(なにわ五六み七三二七号、以下「被告車」という。)

<4> 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(佐世保五五ゆ五二五三号、以下「原告車」という。)

<5> 被告車が原告車の後部に追突した。

2  原告の負傷

原告は、本件事故により、頭部・頸部・胸部の挫傷、左手挫傷の傷害を負つた。

3  被告の責任原因

被告は被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に該当する。

4  損害の填補

自賠責保険金から一二〇万円が支給され、内七二万三九〇一円が原告に、四七万六〇九九円が治療費として支払われた。

二  争点

1  後遺障害の有無、程度

(一) 原告の主張の要旨

原告は本件事故により、平成六年四月二八日、頭部や頸部に激しい痛みという症状を残して症状固定したもので、これは原告の第四、第五頸椎の椎間板の後方への突出という他覚的所見に基づくもので、右所見や症状の程度からして原告の後遺障害は自動車損害賠償補償法施行令別表後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という。)一二級一二号に該当するものである。

(二) 被告の主張の要旨

原告は平成五年一二月末には症状固定に至つていたもので、その時点において、労働能力に影響を及ぼすような後遺障害はない。この点は自動車損害保険料算定会の認定どおりである。

仮に、原告主張のような症状があるとしても、原告には本件事故前に変形性腰椎症及び第四、第五頸椎の椎間板の変性があつたもので、治療の長期化や後遺障害の発生に右体質的要因が大きく寄与している。よつて、民法七二二条二項の類推適用により相当なる減額を主張する。

2  損害額全般 特に、休業損害・逸失利益

(一) 原告の主張

<1> 休業損害 三五〇万四七五〇円

原告は、本件事故当時、竿竹と焼き芋の販売を季節により交互にしていたものであるが、その利益は前者について一か月四五万一五〇〇円、後者について一か月七〇万円であつた。原告は右収入を直接証明できないので、やむをえず、平成四年度賃金センサス、企業規模計、学歴計男子労働者四五歳の平均賃金年収七〇〇万九五〇〇円を基礎に、休業期間六か月分の休業損害三五〇万四七五〇円(七〇〇万九五〇〇円÷一二月×六月)を請求する。

<2> 逸失利益 三四九万七四六〇円

前記後遺障害は少なくとも四年間継続し、原告の労働能力喪失割合は一四パーセントであるから、その逸失利益はホフマン方式により、三四九万七四六〇円(七〇〇万九五〇〇円×〇・一四×三・五六四)となる。

<3> 入通院慰謝料、後遺障害慰謝料 一五〇万円

よつて、原告は被告に対し、<1>ないし<3>の合計八五〇万二二一〇円から損害填補額七二万三九〇一円を差し引いた七七七万八三〇九円及び<4>相当弁護士費用三〇万円の総計八〇七万八三〇九円及びこれに対する本件事故の翌日からの遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告の主張の要旨

原告の収入は厳密に主張立証すべきである。原告の仕事は月額五八万円余が得られるような職種ではない。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告の後遺障害の有無・程度)

(一)  裁判所の認定事実

証拠(甲一、二の一ないし四、甲四、検甲一ないし五、乙一ないし六、検乙一の一、二、原告本人、証人鎌谷正博)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

1 事故の状況(特に乙二、三、六、検乙一の一、二、原告本人)

本件事故は、前記櫻井が運転中脇見をしたため、停車していた原告車後部に被告車を追突させたもので、原告車は右衝撃により二・三メートル押し出され停止した。原告は、右衝撃によつて、身体が前に押しやられ、頭部を車体に打ちつけた。

原告車は、後部が破損し、一〇万円程度の修理費用を要する損傷を蒙つた。

2 原告の治療経過(特に甲二の一ないし四)

原告(昭和二三年三月二日生・当時四五歳)は、本件事故日である平成五年一〇月二七日、ツヂ病院において診察を受け、頸部・頭部・腰部挫傷、左手挫傷の診断を受け、同日から同年一一月四日まで通院し、同月五日から同月八日まで四日間入院の後、平成六年四月二八日まで通院し(全通院実日数は八一日)、その間温熱療法、消炎鎮痛剤の投与、牽引療法の措置を受けた。

3 原告の症状の推移(特に証人鎌谷正博、乙一)

原告は、初診時において、頸部の痛み、両肩の痛み、上腕のしびれ感と吐き気を訴え、実際にも嘔吐し、左肩部に圧痛が認められた。平成五年一〇月三〇日には右に加えて腰部の痛みを伴うようになり、その後目の回りの痛みも訴えた。

腱反射テスト、ジヤクソンテストの結果はマイナスであつたが、一一月二日行われた座骨神経への圧迫の有無を示すラセーグテストの結果はプラス反応であり、握力低下も認められた。その後、平成六年に入つても、項部痛・背部痛が持続し、両前腕にしびれ感があり、特に右側にこれが強かつたが、同年四月前には手のしびれ、握力も回復に向かつたものの、項部と背部の痛みは持続していた。

4 症状固定(特に甲二の四)

原告は、平成六年四月二八日、症状固定の診断を受けたが、その際の鎌谷正博医師作成の後遺障害診断書によれば、項部痛、項部運動による左後頭への放散痛、上背部痛、両上肢の軽度のしびれ感、腰部の緊張感・疼痛等が、他覚的所見としては、頸椎部の運動障害前屈四九度、後屈四七度、右屈三五度、左屈三六度、右回旋五二度、左回旋四二度、両側大後頭神経部の圧痛、握力右三五キログラム、左三三キログラム、周径右上腕三〇センチメートル、左上腕二九・五センチメートル、右前腕二八・五センチメートル、左前腕二七・九センチメートルが挙げられるとともに、MRI上第四、五頸椎間の後部への突出が見られるとされた。また、症状の緩解は、望み難いとの所見が示されている。

5 自動車損害保険料算定会の認定(特に乙四)

自動車損害保険料算定会は、平成六年五月、レントゲン上異常はなく、病的反射は認められない等、特段の異常所見がないことを理由に、原告には等級表にいう後遺障害はないとの判断を示した。

6 原告の素因(特に鎌谷証人、甲四、検甲一ないし五、乙一)

原告は第四・第五頸椎の椎間板がやや後部に突出し、脊髄の圧迫には至つていなかつたものの、変形性頸椎症と見られる変性を有していた。右変性は基本的には老化現象の一種であつて、これに基づく愁訴が生じない場合もある。しかし、外力を受けることによつて発症しやすく、頸部損傷による急性期が経過した後も、右変形性頸椎症に基づく症状が残存することが多い。

また、原告は本件事故前に左足を欠損しており、左腰部に負担がかかるため、腰椎の左部分に骨棘形成が見られ、変形性の腰椎症の素因を有していた。これも、前記変形性頸椎症と同様、外力を受けることによつて発症しやすく、また発症した場合は回復が困難である。

7 原告の後遺障害発生についての鎌谷医師の見解(特に証人鎌谷正博)

原告は本件事故によつて頸部損傷の傷害を受け、右損傷自体は急性期を過ぎて回復に向かつたものの、交通事故による外力によつて前記変形性頸椎症・腰椎症に基づく病変が発生し、これが固定特においても残存したものである。

(二)  裁判所の判断

1 後遺障害の有無・程度について

前記認定事実特に主治医たる鎌谷医師の見解を中心に原告の症状発生の機序について判断する。原告は頸椎と腰椎に変形を有していたが、これに基づく神経症状は本件事故前は発生していなかつたところ、本件事故による外力が引き金となり、右変形に基づく前記(一)3の各症状が発生し、頸部損傷自体は回復した後も、変形性頸椎症・腰椎症に基づく症状が固定時においても残存したものである。そして、右症状の回復は困難であると認められる。

鎌谷医師の見解は医学文献(甲四)の内容とも矛盾することなく、原告の症状の発症及びその推移を合理的に説明できるものとして、裁判所もこれを採用する。したがつて、原告の前記(一)4の各症状は固定後にも残存する後遺障害であると認めることができるが、MRI上明白な神経の圧迫は認められないこと、そのしびれや痛みの程度からして等級表一四級一〇号に該当するものと考えられ、その存続期間は固定時と認められる平成六年四月二八日から四年間と見るのが相当である。

2 原告の素因による減額

前記認定の医学的機序は原告に特有のものではないから、本件事故と後遺障害との間には相当因果関係が肯定できる。しかし、原告が前記素因を有さなかつたと仮定した場合、原告に長期の治療の必要や後遺障害の発生はなかつたと認められることからして、公平の見地から民法七二二条二項を類推し、減額をなすことが相当である。この点での被告の主張は理由がある。

右減額率は、三割をもつて相当と考える。

二  損害額

1  休業損害 五二万五七一二円(原告の主張三五〇万四七五〇円)

証拠(甲五、六、八、原告本人)によれば、原告は本件事故当時、竿竹と焼き芋の車による販売を季節により交互にしていたものであるが、その売り上げや経費を的確に証明する資料は提出されていない。したがつて、賃金センサスを基本とすることになるが、右職業がさほど経験を要するものでも、安定性のあるものでもないことからして、原告の年収は平成四年度賃金センサス、産業計・企業規模計・学歴計男子労働者の四五歳から四九歳の平均年収七〇〇万九五〇〇円の半額である三五〇万四七五〇円程度であつた蓋然性が強く、これを基礎収入とみる。

原告の症状の推移や入通院状況からみて、症状固定までの六か月の間、当初二か月は平均してその労働能力の五割を、残り四か月間は労働能力の二割を失つていたとみるのが相当であるから、その休業損害は五二万五七一二円となる。

計算式

三五〇万四七五〇円÷一二月×〇・五×二月=二九万二〇六二円(円未満切捨・以下同様)

三五〇万四七五〇円÷一二月×〇・二×四月=二三万三六五〇円

2  逸失利益 六二万四五四六円(主張 三四九万七四六〇円)

等級表一四級の労働能力喪失割合は自賠責及び労災実務上五パーセントとされていることは当裁判所に顕著であること、前記原告の職業に照らすとその労働能力喪失割合は五パーセントである。

そこで前記認定にかかる原告の年収三五〇万四七五〇円を基礎に四年に相応するホフマン係数を乗じて原告の逸失利益を算定すると六二万四五四六円(三五〇万四七五〇円×〇・〇五×三・五六四)となる。

3  入通院慰謝料・後遺障害慰謝料 一三〇万円(請求一五〇万円)

前記原告の症状、入院日数、通院期間、実通院日数等を総合すると入通院慰謝料としては、五〇万円が、後遺障害の程度からみて後遺障害慰謝料として八〇万円が相当である。

第四賠償額の算定

一  第三の二1ないし3の合計は二四五万〇二五八円である。

右に前記(第二の一、4)治療費四七万六〇九九円を加算すると二九二万六三五七円となる。

二  素因減額

一の金額から前記(第三の一(二)2)認定の原告の素因による減額率三割を差し引くと、二〇四万八四四九円となる。

三  損害の填補

二の金額から前記(第二、一、4)争いのない損害填補額一二〇万円を差し引くと八四万八四四九円となる。

四  弁護士費用 一〇万円(請求三〇万円)

本件事案の内容、審理経過、右三の金額等の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として被告が負担すべき金額は一〇万円と認められる。

五  前記三の金額に右四の金額を加えると、計九四万八四四九円となる。

よつて、原告の被告に対する請求は、金九四万八四四九円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成五年一〇月二八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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